家族写真もお仕事として撮影しておりますが、これは人を撮り始めた頃、自分らしい仕事を模索するうえでやっていたことの延長。

カメラマンとして、人を本格的に取り出したのは2013年だったと思いますが、未だに自分らしさというものを見失ってはスランプに陥ることがあります。周期的なものなんでしょうか。この記事を書いてる今も、ぐるぐる同じことを考えてます。

自分らしさってなんだろう?

家族写真撮るのが自分?なんか違うんじゃないか…と思うことも。
写真家ですら無い?などの気持ちも最近よく浮上してきます。

自分が本当になりたいものはなんなのか

今は考えても答えは出ないとは思いますが^^;;

でも↑のような写真を見ると、写っている子のことを考えると決して自分の作品を否定したくはないなと思いました。
時折、過去の写真を見返しては、それに幸せそうな家族に共感し、自分で思いが確かにあることにも気づけます。

実は年が明けてから、今の写真家として自分にあまり情熱が持てずにいましたが。。。

気持ちはややネガティブだけど、そのことを記事に書こうと思って書いてます。
書いてるうちに気がついたのは、自分らしさって自分が思い決めることでもないのかな〜ということ。

自分のやりだしたことが人の気持ちが動くきっかけになって、その動く気持ちにまた巻き込まれている状態が「自分らしさ」

自分の存在は人に認識されることによって存在することになる。みたいな理論を気持ちに置き換えたらそうなるのかな。。。

家族写真は人の幸せをブーストして共有することだと、昔考えていたのを思い出しました。過去の作品を探っていると、また巻き込まれたくなって情熱が戻りそうな気がします。

幸せの形、共有してください!
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